先日、石油価格がマイナス圏に突入するという衝撃的なニュースが世間を騒がせました。石油業界にとっては資産棄損の大打撃です。
そんな中で、石油元売り大手の「JXTGHD」の本決算が5月20日に開示されました。
今回はJXTGHDの決算資料を読み解きながら企業研究していきます。

石油価格がマイナスになってたし、なんとなく赤字転落なのはわかるけど理由はなんだろう?

EVも少しずつ普及してきたし、石油業界ってどうなのかな?
企業プロフィール
沿革
- 1931三菱石油株式会社設立
- 1999日本石油が三菱石油を吸収合併し、日石三菱株式会社に商号変更
- 2002日石三菱が新日本石油株式会社に商号変更
- 2010新日本石油と新日鉱HDが株式移転を行い、JXHD株式会社設立
- 2017JXHDが東燃ゼネラル石油を子会社化し、JXTGHD株式会社設立
歴史を見てもわかるように、石油業界は100年以上に渡り再編が何度も行われており、非常に複雑になっています。

これほどの再編を経て最終的に残ったJXTGという名前も、一般的にはSS(ガソリンスタンド)のブランド名である「ENEOS」ほど浸透していないのが現実です。
そんな現状を踏まえてか、2020年6月に社名の変更が予定されており、JXTGグループからENEOSグループに生まれ変わります。
一方、最大のライバルである出光は、2021年4月から旧出光と旧昭和シェルのSSブランド名を「apollostation」に統一・刷新することを発表しています。
浸透したブランド名を社名に採用するJXTGと、ブランド名を刷新する出光は一見真逆にも思えますが、どちらも消費者認知度を重視している故の行動です。
規模
石油業界トップのJXHDと3位の東燃ゼネラル石油の統合で生まれたJXTGHDは、他を圧倒する国内石油業界最大の企業です。

販売シェアを見ると、油種に限らず50%近いシェアを握っており、国内に流通する石油の半分はJXTGを介していることがわかります。
平均年収と役員報酬
平均年収 | 平均年齢 | |
2018年度 | 1,205万円 | 43.2歳 |
2019年度 | 1,130万円 | 42.6歳 |
40前半の平均年収が400万円後半なので、かなり高めの水準と言えるでしょう。ただしHDなので高めに出る傾向があります。

取締役は12人で総額が3億9,800万円なので、単純に割ると1人当たり3,317万円です(2019年度)。
2018年度は元会長が1億円を超える報酬額(1億300万円)でしたが、2019年度に該当者はいません。
事業内容
エネルギー事業が一般的に知られるENEOSブランドによる石油販売等の事業です。

売上高を見ると、エネルギー事業が大半であることがわかります。また、どの事業も資源に関するもので商品市況にかなり左右されやすいことが特徴です。
赤字転落の理由は石油価格の暴落
2019年度の業績は減収減益です。2018年度の営業利益が約5,400億円であったのに対し、2019年度は▲1,100億円と前年度から約6,500億円の減少です。
四半期ごとの決算を見ると、4Q(2020年1~3月期)において赤字を計上していることから、2020年1月から暴落し始めた原油価格が大きく影響したことが予想できます。

実際に2019年度の営業利益の内訳を見ると、在庫影響の▲2,098億円が大きく利益を圧縮したことがわかります。

このように石油製品を販売する会社では販売するために大量の原油を前もって購入し、在庫として保管しているために、原油価格の下落は在庫価値の棄損に繋がります。
さらに原油価格の下落は石油を精製する装置類の価値も下げる(減損)ことに繋がっていくのです。
JXTGではこの減損影響が単年度で約1,100億円発生しており、世界の石油大手でも大幅な保有資産価値の減少が起こっています。
中でも英大手のBPでは2020年4~6月期に最大約2兆円のマイナス、英蘭大手のロイヤル・ダッチ・シェルでは最大約2.4兆円のマイナスが生じる予測がされているのです。
ただしこの世界的な保有在庫価値の減少だけでは、冒頭に述べた6,500億円の説明がつきません。
そこで鍵となるのが、前期比3,104億円減益のエネルギー事業です。

エネルギー事業における損失の内訳を見ると、一過性損益(▲862億円)とマージン他(▲1,763億円)が大半を占めていることがわかります。
このマージン他の部分が非常に重要なのですが、そもそもマージンというのは簡単に表現すると売却価格から原価を減じたもので、粗利益に相当します。

一般的に、ガソリン価格(青線)が先に動き、その動きに追従するように原油価格(オレンジ線)が動きます。2020年1月の原油暴落の際も、直前の12月にガソリン価格が暴落を開始していることがわかるかと思います。
この反映のタイムラグが原因で、特に原油価格が暴落する場合にマージンが悪化するのです。しかし、あくまで一時的な損失であるため2020年度には良化するでしょう。
ちなみに電力会社やガス会社でもタイムラグによる一時的な損失が頻繁に発生しており、決算資料を読む際には注意が必要な数字の一つです。
- 赤字転落の原因は原油価格の暴落
- ガソリン価格の下落が先に起こるためマージンが悪化
縮小する国内石油需要
2019年度の赤字転落は、ここまで原油価格の暴落により一時的にもたらされたものであると説明しました。次に、石油業界の厳しい現状も見ていきます。

国内の燃料油需要は年々減少を続けており、2009年から17%減少しています。
このまま需要減少が続くと、主力のエネルギー事業利益が減り続ける可能性が高く、少しでも抗うためにはコスト削減が必須となります。

そんなコスト削減を垣間見ることができるのがSS数(ガソリンスタンド数)の推移です。JXTGHDだけでなく全てのライバル他社も減らしていることがわかります。
また、セルフ式のガソリンスタンドの数は全国的に増加していることからも、少しでもコストの安い(人件費の少ない)ガソリンスタンドを増やすことで利益を出したいのです。
業界の雰囲気は鉄鋼業界に近いものがあります。鉄鋼業界については以下の記事で解説しているのでご参考にしてください。
- 国内の燃料油需要は年々減少
- 各社ガソリンスタンドを減らしてコスト削減
- セルフ式のガソリンスタンドは増加傾向
目指すは総合エネルギープラットフォーム
需要の低迷が続く石油販売をメインとする事業構造では、コスト削減を続けても限界が来るのは自明です。
また国際社会は”脱石炭”と言った環境に優しい企業を評価する流れが到来しており、JXTGのような石油企業を投資対象から外す機関投資家が増加しています。
実際に2019年度末にはアイルランドの政府系投資ファンドが、JXTGHDを投資対象から外し資金撤退(ダイベストメント)を決定しています。
そこでJXTGは現在の石油販売に依存する事業構造からの脱却を目指し、長期的視点でENEOSプラットフォームの構築を目指しています。

このENEOSプラットフォームでは、これまでの石油販売だけでなく、電気・都市ガス・水素等のエネルギー販売、車関係サービスの提供、宅配等のライフサポート事業を全て行います。
ここで活躍するのが全国各地にあるSS(ガソリンスタンド)であり、このSS分散ネットワークを活かして生活に密接したサービスを提供するのです。
まだ出来立ての構想ではありますが、電気・都市ガス販売事業に関しては、順調な走り出しとなっています。
- 2003電気事業参入
- 2016.4家庭用電力事業「ENEOSでんき」開始
- 2019.4関西エリアで販売開始
- 2019.9中部エリアで販売開始
- 2019.11東北エリアで販売開始
- 2020.2四国エリアで販売開始
- 2020.4北陸・九州エリアで販売開始
- 2020.6北海道エリアで販売開始
2年間で販売エリアの拡大を着実に続け、2020年3月末時点の契約件数は約69万件に到達しています。新電力の中では、最も成功した企業の一つと言えるでしょう。
特に電力料金が安く自由化による切り替えが少ない北陸電力エリアへの参入は非常に珍しく、JXTGのENEOSプラットフォーム構想の本気度を垣間見ることができます。
都市ガスや水素はまだ一部地域での展開ですが、今後も石油需要の減少スピードに負けない素早い拡大が出来るか否かが勝負となります。
- ENEOSプラットフォームの構築が長期的目標
- 新電力の中では電力販売シェアトップクラス
- 難攻不落の北陸電力エリアでの電力販売を開始
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